2021.03.30
- チャリンコ通信
【チャリンコ通信】Vol.3 「オチョ」はコノスルの異端か正統か。
さて、今回は「オチョ」の話。
お察しのとおり、このオチョは、朝の連ドラ「おちょやん」とは全くもって無関係。オチョはアンドレス・イニエスタの「8」、スペイン語の「オチョ」である。FCバルセロナのカンテラ(育成組織)からトップチームに昇格したイニエスタは、2002年に「34」番のジャージーでスタートし、翌年から2006年まで「24」に。そして、ジュリの移籍した2007年シーズンで「8」になり、退団するまでずっとバルサの「オチョ」を背負った。ちなみに、自らの決勝ゴールで優勝したFIFAワールドカップ南ア大会などスペイン代表の試合では「6」を着た。当時のスペイン代表の「8」はバルサの6番シャビで、シャビとイニエスタは「6」と「8」をクラブチームと代表とで分け合った。
イニエスタは2018年にバルサを退団し、なんとなんとJリーグにやってきた(楽天マネー恐るべし!)。そして神戸でも「8」を着た。その時、柏レイソルの8番は空いていた。因みに、かつて柏でプレーしたストイチコフはバルサで「8」を着ていた。つまり何が云いたいかというと、イニエスタには日立台で黄色いジャージーの「8」を着てプレーして欲しかったなぁ、と。今シーズンは出だしから負けの込むレイソル。コロナ明けの来年はJ2行脚か。もう三度目だぞ、勘弁してくれオーチョさん(この人はレイソル広報担当者)。
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本題に入ろう。コノスルの「オチョ」である。
コノスルのワインの中には「5」「7」「23」「25」など数字の大きく書かれたラベルがある。シングル・ヴィンヤード・シリーズだ。これは、それぞれのワインのできるブドウ畑の、どの区画から収穫したブドウか、そのブドウの出自、所在地(ブドウ畑の区画番号)を記したもので、たとえば柏市日立台一丁目2番地の「2」に相当する番号だ。そしてこの場合、「日立台一丁目」がシングル・ヴィンヤードの名前である。
ところが「8」は違う。「8」だけは他の番号と全く異なる性格を持つ。それは所在地を書いたのではなく「8種のブドウ品種」でワインを造ったという意味だ。つまり、オチョはアコンカグア・ヴァレーのエル・エンカント畑でとれた8種のブドウをすべて使ってできている。フランスのシャトーヌフ・デュ・パプには13品種ものブドウを混ぜたワインがあるけれど、こんなワインはきわめて稀で3~5品種で造るのが一般的だ。
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南米大陸の背骨にあたるアンデス山脈はとても興味深い形状をしている。最南端のパタゴニアから北に向かって徐々に高度を増し、チリとアルゼンチンの国境を担うのは標高6,000メートルを超える急峻な山々である。そこからさらに北へ向かいチリ北部からペルー、ボリビアに至ると標高は4,000メートルまで下がって、アルティプラーノと呼ばれる広大な高地平原になる。大平原といってもその標高は富士山頂より高い。ここにウユニ塩湖やチチカカ湖、そしてそのペルー側斜面にマチュピチュや地上絵のナスカがある。
アンデス山脈の最高峰はアコンカグア(6,961m)で、そのすぐ南をチリのサンティアゴとアルゼンチンのメンドーサを結ぶ幹線道路が走っている。アルゼンチンワインはその国境のトンネルを通ってチリ側の急峻で羊腸の道をトラック輸送され、チリ・バルパライソ港から日本へと船で運ばれる。ブエノスアイレスまで陸送しパナマ運河を通って船舶輸送するより早くて安上がりだから。
アンデスの急な坂道を下りきったところが標高800メートルのロス・アンデスという町で、そこから15kmほど北に「オチョ」のブドウ畑エル・エンカントがある。チリでもカリフォルニアでもセントラル・ヴァレーと呼ばれるところは、日本人の抱く「谷」のイメージからは遠くかけ離れており、実際のところただただ眠くなるような大平原なのだが、エル・エンカントのあるアコンカグア・ヴァレーはまさしく「谷」である。すぐ近くのハウエルには温泉が湧いて立派なリゾートホテルも建っている。
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エル・エンカントの近くには生食用ブドウの畑があって、ここではもっぱら干しブドウを作っている。その作り方が驚きだ。収穫したブドウ果粒をそのまま地べたに広げておくだけ。文字通りの「干しブドウ!」。夜中も乾燥状態が続くからそのまま放置する。強い日差しで急速に水分を失った果粒をかき集めて出来上がり。
そんな土地にコノスルが植えたのは、ボルドーや地中海沿岸の産地から取りそろえた、暖かく乾燥した気候を好む晩熟の黒ブドウ品種ばかり。コノスルの特徴のひとつは新機軸の導入であり、率先して冷涼な気候の土地にブドウ畑を拓いてピノ・ノワール王国を築き上げた。さらにはリースリング、ヴィオニエ、ゲヴュルツトラミナーなど白品種の栽培でも先鞭をつけている。だから、黒ブドウの栽培に初めは戸惑った。おりしも濃くて重いワインのブームが過ぎ去ろうとしていた頃だったから。
ところが、実際にブドウ畑を訪ねてアドルフォ(当時のコノスル社長)の話を聞くと、当初の印象とはずっと違ったものが見えてきた。たしかにエル・エンカントの日差しは強い。ところが畑の海抜高度が800m~1,100mと高く、空気が乾いているので、日が落ちると急速に冷え込む。夏の盛りのある日、日中の気温は38℃に達したが夜半には10℃近くまで下がった。その気温差なんと28℃。日中はTシャツ・半ズボンでも暑かったのに、夜はダウンジャケットを着込む羽目になる。一日のなかに四季がある。これは時間をかけてゆっくりと熟す黒ブドウ品種には願ってもない環境で、もちろん、畝の作り方、夏の剪定の葉の残し方などブドウ果の日焼け対策には万全を期していた。
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畑の区画ごとに違った品種を育て、それぞれが熟す頃合いをみて摘み、それぞれ別々に醸してワインにする。いったい何種類のワインがこの畑から誕生するのだろうと考えていたら、答えはひとつ、「オチョ」だけ。8品種をすべて混ぜたのだった。
さまざまな要素を混ぜる。ウイスキーはこの混和の作業をブレンドというが、ワインの場合はアサンブラージュ(組み立てる)という。たくさんの人々にいつも変わらぬ味を提供できるよう品質を均一にするために混和することと、多様な要素を持つ複数のワインを組み立ててバランスをとることは、同じ「混ぜる」という作業でも目指すところと出来上がるものは違う。それに、単品種のワインはブドウ畑の個性と風土をそのまま映し出すと云われるが、アサンブラージュワインも畑の風土をそっくり表現している点では同じである。
「オチョ」(シングル・ヴィンヤード・8グレープス)は、みずみずしい果実味とぎゅっと引き締まった凝縮感、柔らかくてまるいタンニン。そこには、あの斜面に立って畑を見下ろした時の暖かい日差しと爽やかな風が詰まっているように映る。8つの品種が折り重なって複雑味を創りだしているようにみえる。
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気候の温暖な地中海沿岸のブドウ産地では古くから一枚の畑に複数の品種を育て、それをまとめて収穫してワインを造ってきた。ボルドーもそうだった。近年はそれぞれの品種の収穫期を見極めて収穫し、それぞれワインにしたあとでアサンブラージュするようになっている。こうしてでき上がるワインは、酸味、厚み、丸みがうまくバランスされている。単品種では不足しがちな要素が8品種なら補い合える。時には1+1が2以上に、数字以上の効果が現れることもある。これは冷涼で厳しい気候に最も適した一品種を選んで栽培し、これをワインにすることとは対照的な作業だ。
1993年の創業以来、白品種やピノ・ノワールなどクール・クライメットのワイン造りでチリをリードしてきたコノスルが、いずれは手掛けようと想いをあたため続けた分野が二つあった。ひとつはスパークリングワインであり、もうひとつはアサンブラージュの赤ワインである。アコンカグア・ヴァレーのアンデスの麓で見つけた手付かずの斜面に、コノスルが迷うことなくエル・エンカント(魅力!)と名付けたわけが、いまならすっと腑に落ちる。
異端に見えた「オチョ」が、じつは新機軸を追い求めるコノスルの正統だったとは。
この記事で紹介したワインはこちら
シングルヴィンヤード 8グレープス
8品種をブレンドした、コノスルの全く新しいコンセプトのワイン。それぞれの品種が織り成すハーモニーが素晴らしく、時間の経過と共に楽しめる。
この記事を書いた人
ばんしょう くにお
番匠 國男
ワインライター。ワインとスピリッツの業界専門誌「WANDS」の元編集長。ワインと洋酒の取材歴37年。「日本ソムリエ協会教本」のチリとアルゼンチンの項を執筆。1993年のコノスル創業以来、ほぼ毎年、コノスルのブドウ畑と醸造所を訪問している。フットボール観戦が趣味。週末は柏レイソルの追っかけ。海外取材の際も時間が合えばスタジアムへ出かける。