2021.08.20

  • チャリンコ通信

【チャリンコ通信】Vol.7 ワインの裏ラベルとサステイナブル認証

ユニクロのジーンズが好きだ。
はき心地がよくて値段が安いから。好みは「テーパード」という足にピッタリした先細りのタイプだ。店頭でテーパードという表示を見たとき、これは先細りタイプのことで「ベルボトム」や「ストレート」などと区別する表記だろうと見当がついた。なぜか。近ごろはガラス製造が温室効果ガス増加の一因といわれ、ワイン瓶もガラスの代替品探しを急ぐべしとの主張がされている。その時、ワイン瓶の形状を英語で tapered と説明しているのを何度か目にしたことがあったから。

ワインの容器はテーパードの形状をしたガラス製が一般的だ。それは貯蔵効率がよくて、瓶口をコルク栓で閉じやすく、しかもグラスにワインを注ぎやすいから。けれどもワイン瓶がこの形状になったのはそんなに古いことではない。もとは貯蔵樽からワインを汲みだして食卓に供するための容器だったから、その形状はまちまちで、花瓶のような形をしたものが多かった。今でもピッチャー(カラフェ)と云う名で残っている。

形状の一定したガラス瓶が供給できるようになると、瓶口を密閉するためのコルク栓が実用化される。コルク栓の気密性が高まると瓶を横積みにして保管するために先細りの円筒形という今日のワイン瓶の原型ができ上がる。20世紀初め、産業革命によって工業製品としてのガラス瓶が安価で安定的に製造できるようになり、現在の形状のワイン瓶が一気に普及した。ただ、ワインの内容量がいまの750mlに統一されたのは最近のことである。ボルドーの有名シャトーのボトルでも1980年代までは容量がまちまちだったし、日本ワインの多くは、いまでも清酒の四合瓶(720ml)を使っている。

ワインの容器としてすっかり定着したテーパードのガラス瓶だが、その製造、運搬、廃棄にかかる二酸化炭素排出量がとても大きい。脱炭素社会を実現するためには、軽量瓶にするとかガラス瓶に代わる容器を探すとかの改善策が必要だ。あるいは、ガラス製造の燃料を重油などの化石燃料から水素に転換するという方法もあるだろう(長くなるのでこの話は別の機会に譲る)。



今回のお題はワイン瓶に貼ってある「裏ラベル」である。
ワインのボトルは先述のようにテーパード円筒形なので、もとはボトルに裏もなければ表もないわけだ。ところがワイナリーから出荷する時に「表」と「裏」が決まってしまう。商標や原産地名の書かれた大きなラベルを貼ったところが表面で、その反対側が裏面になる。そして裏面には表に比べると少々小振りのラベルを貼ることになる。それを業界では「裏ラベル」と呼んでいる。

ワインは栓を開けて飲んでみるまで中味がわからない。このごろは店頭で試し飲みをさせてくれる店が減っているから、いっそう消費者の目を惹くラベル・デザインが求められる。ワインにも「ジャケ買い」というのがあるそうだ。もとはレコードやCDの内容を知らずにジャケット(パッケージのデザイン)が気に入って購入することを云う言葉らしいが、ワインの場合は中味を知らずともラベルに惚れこんで買ってしまうことらしい。

いかなジャケ買いする人でも裏ラベルまでは読まない。ところが、じつはワインの裏ラベルにはたくさんの情報が載っている。なかには中味の安心と安全を担保する内容も多いからじっくり読むに限る。たとえばコノスル・ビシクレタ・レゼルバの場合は、伝えたいことが多すぎて、小さな裏ラベルにびっしりと情報が書かれている。ブドウ畑でも醸造所でもワインの船舶輸送でもカーボン・ニュートラルの取り組みが進展し、伝えたいことがたくさんあるようだ。昨年、ついに公益性の高い企業を認証するB-Corp(ビーコープ)を取得したという。

これを限られたスペースの裏ラベルでどう伝えるか。
コノスルの結論は、カーボン・ニュートラルの取り組みを小さなアイコンで表現することだった。これなら万国共通で、一見しただけでわかる。まだ試作段階だけれど、遅くとも来年の年明けには、裏ラベルにさまざまなアイコンの載ったビシクレタ・レゼルバがお目見えするはずだ。一足早く、そのアイコンの意味するところを説明しよう。




まず、B-Corp(ビーコープ)のアイコンから。これは世界標準の企業に関する認証だけれど日本ではまだ馴染みが薄い。Bはベネフィット(利益)、Corpは企業の略だ。つまり公益性の高い企業に与えられる認証である。



どんな企業でも株主利益の最大化を目的に事業を展開している(いや、これまではそうしてきたと云った方が正しいか)。ところが、社会が企業に求めることが少しずつ変わることで、企業の利益追求の在り方も変わる。企業には人権や気候変動など社会問題の解決にもっと積極的に関わってもらい、株主利益に留まらず、環境や社会全体の利益に貢献してほしいという要請が強まっている。

B-Corpはそういう社会的要請を受けて米国の非営利団体B-Labが運営しはじめた企業の認証制度である。事業活動を通じて株主利益はもとより、従業員と顧客、企業を取り巻く環境やコミュニティまで包括した総合的な利益を追求する企業に与えられる。北米や南米を中心に広がっているが日本企業の参加はまだ僅かだ。

B-Corp認証を取得する企業は、まず、B-Labの設定した「Bインパクト」と云う名の査定をうけることになる。この企業査定は、①経営管理体制と企業の透明度、②従業員の健康・安全と能力開発、③企業とコミュニティとの関わり、④企業の環境対応、⑤企業の消費者対応という5分野で実施される。200点満点で80点以上をとると認証を受けられるが、これまでのところ取得希望企業の約5%しか審査を通過できていない厳しい内容だという。

ブドウとワインの生産に携わるコノスルが、なぜB-Corp認証の取得に動いたか。コノスルの説明はこうだ。
「わたしたちは事業活動の柱を持続可能性、品質改善、技術革新の三つに定めています。これを、独りよがりにならず、いっそう強く推し進めるには、第三者の客観的な評価が必要だと判断しました。B-Corp認証を受けることで、三つの柱の進捗状況が具体的で定量化された指標として確認できます。コノスルの企業としての透明度が増し、社会と環境に優しく、安全安心を提供できるワイナリーであることを広く世界に認めてもらえるでしょう。」



二つめのアイコンは電球の中に若葉を取り込んだもの。これはコノスルのブドウ畑で消費される電力の83%が太陽光発電によるもので、化石燃料由来の電力を使わず、環境に優しいブドウ栽培を実践していることを示している。



ブドウ栽培には、一般に耕作機械や収穫機械などを動かすためにガソリンや軽油が使われている。また、畑を灌漑するために水を引き、それをブドウ樹に点滴する際のポンプの動力源は電気である。そしてブドウ樹への施肥に使われる合成肥料を作る時にたくさんの温室効果ガスが排出されている。

もちろん、機械に頼らず馬耕や手作業で耕作し、非灌漑農業を採用し、施肥には有機肥料を使い、電力のない時代の農法に戻すなら温室効果ガスの排出はほとんどなくなる。あるいはソーラーパネルを設置して太陽光発電を採用するとか、剪定された枝木や圧搾滓をバイオ燃料に変えて再生可能エネルギーを使う手法を採用した場合はカーボン・ニュートラル(炭素中立)の状態だ。



コノスルのブドウ畑のそばに設置されたソーラーパネル。

ブドウ畑で働くコノスルの従業員はマイカーを使わずチャリンコで通勤する。施肥作業は有機肥料だけを使う。ブドウ畑の多くが乾燥地にあるため点滴灌漑は避けられないから、畑のそばに大量のソーラーパネルを設置して太陽光発電をおこない温室効果ガスの削減に努めている。しかし、まだ収穫時のトラック輸送に改善の余地がある。



三つめは水滴にマイナスの文字をあしらった節水のアイコンだ。水は大事である。ことにチリ中央部のような乾燥地では水がなければ作物が育たない。アンデス山脈に降り積もった雪が解けて川になり太平洋へと注ぐ。チリ中央部にはアコンカグア川、マイポ川、ラペル川、ティングイリリカ川(コルチャグア)、マウレ川が流れる。チリ先住民はこれらの河川から用水路を引いて耕作していた。



チリワインに詳しい人ならピンときたと思うけれど、チリワインの原産地呼称はこの河川の名前に由来している。はじめはマウレ以南の非灌漑地で始まったチリのブドウ栽培だが、先住民の用水路を改修利用することで中央部の乾燥地でもブドウ栽培ができるようになった。

過去20年、チリでは冷涼な気候を求めて海岸山地の周辺にブドウ畑を拓いてきたけれど、もともとここには水源がなくて作物ができなかった。それで、深い井戸を掘ったり、川から長いパイプラインを渡したりして灌漑用水を確保した。ところが異常気象が続いて乾燥が進んだためか、このところ多くの井戸が枯れてしまい、耕作を諦める畑地が増えている。ますます節水が叫ばれる所以である。

節水はブドウ畑だけでなく醸造所でも切実な課題だ。ともすれば見逃されがちだけれど、じつは醸造所でも大量の水を使っている。醸造機器を洗浄し醸造環境を清潔に保つには水が欠かせない。タンクや貯蔵庫内の冷却にも使われる。コノスルは2015年比で27%の節水を実現したが、水のリサイクルを進めてさらに使用量を削減する計画だ。



四つめはワインを輸送・輸出する時に発生する二酸化炭素を削減し、カーボン・ニュートラルの状態にするという認証マークである。このごろ「カーボン・ニュートラル」はさまざまな意味で使われるようになっていて(別の機会に改めて)、カーボン・ニュートラル認証も多岐にわたっている。これは「カーボン・ニュートラル・デリバリー」という認証で、コノスルワインの輸送に関わる二酸化炭素排出量が「実質ゼロ」という内容だ。



実質ゼロとは何か。コノスルワインも車輌や船舶で輸送することで結果として温室効果ガスを排出している。いずれはこれらの輸送手段のエネルギーも化石燃料から水素へと切り替わるだろうけれど、それまでは間違いなく排出が続く。コノスルにはどうすることもできない。それで、その排出量を測定し、同じ量だけ他の場所や事業で削減・吸収活動をすすめる。あるいはそういう取り組みを財政的に支援して埋め合わせる。これをカーボン・オフセットというのだが、これでコノスルとしては排出量「実質ゼロ」になるという考え方だ。コノスルは西インド風力発電プロジェクト(インド)とバルディビア沿岸保護区の維持活動(チリ)のクレジットを購入している。



かつてワインは田舎の貧しい食生活を支える食卓の必需品だった。それが都市に広がり、ワインを飲んだことのない国へと拡散する過程で、徐々にその役割が変わり、いまは嗜好品のひとつになっている。少し甘いのが好き、果実のみずみずしさが決め手、渋いのはどうも、辛口がいいねぇ。好みは人それぞれだが、ワインの中味は栓を開けるまでわからない。裏ラベルには味わいの特徴も記載されているが、味や香りのとらえ方と表現の仕方は人それぞれで、飲み手に正しく伝わるかと云えば、必ずしもそうとは云い難い。

けれども、裏ラベルに記載された情報から「このボトルの中味は安全だから安心して飲んでよい、造り手は脱炭素社会を実現すべく幾つもの公的な認証を得ているから」と云うことがわかるなら、それは大きな購入動機のひとつになるだろう。
だから、ワインのジャケ買いもいいけれど、ボトルを手に取ってじっくり裏ラベルをみることをお勧めする。お試しあれ。

この記事を書いた人

番匠 國男

ばんしょう くにお

番匠 國男

ワインライター。ワインとスピリッツの業界専門誌「WANDS」の元編集長。ワインと洋酒の取材歴37年。「日本ソムリエ協会教本」のチリとアルゼンチンの項を執筆。1993年のコノスル創業以来、ほぼ毎年、コノスルのブドウ畑と醸造所を訪問している。フットボール観戦が趣味。週末は柏レイソルの追っかけ。海外取材の際も時間が合えばスタジアムへ出かける。