2021.12.03

  • チャリンコ通信

【チャリンコ通信】Vol.9 コノスルがすすめる再生可能エネルギーへの転換

枯れてしまったシャルドネの畑


ことしのノーベル物理学賞・真鍋叔郎さんの授賞理由は「大気と海洋を結合した物質の循環モデルを提唱し、二酸化炭素が気候に与える影響を世界に先駆けて明らかにするなど地球温暖化研究の根幹となる成果をあげた」ことだという。真鍋さんは受賞後のインタビューで、「いま地球の一番大きな問題は干ばつで、かつて気候モデルで予測したことが現実のものになり、干ばつの頻度がどんどん増えている」と語った。

おっしゃるとおり、南米チリのブドウ栽培地でも干ばつが進行している。チリ北部のアタカマは、もともと年中カラッカラに乾燥した海岸沙漠なのだが、このごろはその干ばつ状態が徐々に南下しているようだ。ワイン主産地のチリ中央部(サンティアゴ近郊)でもここ数年は少雨の状態が続いていて、灌漑用水の確保が年々難しくなっている。

乾燥地のブドウ栽培に灌漑は欠かせない。しかし灌漑用水の確保は、ワイン用ブドウだけでなく他の作物にとっても必須の条件なので、少雨の年が続くと、さまざまな作物間で限られた用水の取り合いになる。いったん取水権を失ったら、灌漑畑のブドウ樹はたちまち立ち枯れてしまう。たとえばコノスルは、リマリのエル・アルメンドロス畑でシラーを栽培しているが、そのすぐとなりの畑の所有者はつい先ごろまでシャルドネを育てていた。けれどもリマリ川の水の争奪戦に加わることを止めてしまったので、隣の区画のブドウ樹は立ち枯れになった。また海沿いサン・アントニオのカンポ・リンドでは、ブドウ畑の隣の露地栽培のイチゴ畑が水取合戦に負けて干上がってしまった。


この斜面の畑はシラーには向いているけれど、シャルドネには少し暖かすぎる。限りある水資源を有効に使うためシャルドネ(画像奥と右側)の区画は水遣りを止めたので枯れてしまった。


干ばつはなぜ起きるのか?


チリ中央部の干ばつと、数年おきに現れる多雨が、ペルー沖の海洋で発生するエル・ニーニョ(またはラ・ニーニャ)現象と関係しているという話を初めて耳にしたのは、たしか21世紀を目前にした頃だった。資料を繰ってみると、1997年4月から1998年4月にかけて20世紀最大規模のエル・ニーニョ現象が発生したと記録されている。そして、1998年7月から2000年4月には海水温が低くなるラ・ニーニャ現象が続いているから、きっとその頃のことだろう。

真鍋さんの話を機に、あらためてエル・ニーニョとチリ中央部の干ばつがどう関わっているのか、あれこれ調べてみた。わかったことは、気象の仕組みはなかなか複雑にできていて、エル・ニーニョの発生と干ばつは直接には結びつかないということ。それでもたとえば、ペルー沖の海水温が高くなることで、平年より水蒸気の量が多くなり、それがアタカマ沙漠に流れ込んで雨を降らせることはある。雨が多ければ普段の備えのない土地では洪水を引き起こす。あるいは乾燥にじっと耐えて長い間を生き抜いた沙漠の植物が、久方ぶりのお湿りで一斉に花を咲かせることにもなる。




アタカマ沙漠の南のラ・セレナやリマリは乾燥少雨のステップ気候で、さらにその南に位置するサンティアゴ周辺のチリ中央部は地中海性気候である。地中海性気候とは何かというと、温帯にあって最も乾燥帯に近い地域の気候のこと。この地域は地球の傾きのせいで、夏はステップ気候地帯に近づいて乾燥し、冬は湿潤地帯に近づくので雨が降るのが特徴だ。つまり地中海性とは夏乾冬湿の気候のことで、ワイン用ブドウ樹とオリーブの木はそれをとっても好んでいる。

冬の雨がたっぷりと土を潤す。春になるとそれを根が吸って蔓を伸ばし、葉を広げ、花が咲いて実を結ぶ。実が色づき始めるころ、ブドウ樹は冬に貯えた土中の水をちょうど使い切る。水が切れた。ブドウ樹は慌てる。蔓を伸ばすことも葉を広げることも止めて、なんとか次代を残そうと実の成熟にすべてを集中する。この間、雨は無く日照りが続くから、秋にはしっかり熟した健全な実を取り入れることができる。ブドウ樹が地中海沿岸の風土を好む理由である。


干ばつ続きで湖底が剥き出しになったリマリ川上流の人造湖。ここで生活用水と農業用水を工面しているのだが。もはや雨乞いをするしか手がない。


激甚化する気象災害


この間のチリ中央部の干ばつの進行をみると、地中海性気候とステップ気候の境界線が少しずつ北上しているように思える。地球温暖化の防止対策はチリのブドウ農業とワイン産業にとっても焦眉の課題になっている。地球の気候は、人類にとって極めて重要な複雑系のシステムで、真鍋さんは大気モデルと海洋モデルを合わせることで、大気中の二酸化炭素の濃度が上がると地表の温度上昇につながることを明らかにした。

干ばつと熱波、大きな山火事、猛烈な台風、集中豪雨と洪水など、このところの気象災害はますます激甚化している。こうした現象は地球規模の気温の上昇、つまり地球温暖化によって引き起こされており、その原因は人間の活動が生成する温室効果ガスの増加だと言われる。気象庁の公式サイトによると、「温室効果」とは「大気が地球表面から放出された熱(赤外線)の一部を吸収することにより熱が逃げにくくなること。または、その結果により地球表面の温度が上昇すること」で、「大気を構成する成分のうち、温室効果をもたらすもの。主に二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロン類」を温室効果ガスとよんでいる。

地球の温暖化防止を目指して2015年にパリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約締約国会議)は、「地球の気温上昇を産業革命以前と比べて2℃未満に保つ、できれば1.5℃未満に抑える努力をする。そのために21世紀後半に世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする」ことを採択した。そして先ごろスコットランドのグラスゴーで開催されたCOP26は、参加国の排出削減目標をさらに高め「気温上昇を1.5℃までに抑えることを目指す」と改めた。あらゆる産業が再生可能エネルギーを採用することで、化石燃料の使用を削減し「脱炭素社会」を目指す動きを確実に進めなければならない。


もし発酵中に停電になったら?電力頼みの今日のワイン造り


ブドウ栽培・ワイン醸造から輸送、最終消費までワインのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスを二酸化炭素に換算したものをカーボン・フットプリント(CF、炭素の足跡)という。ワイン産業のカーボン・フットプリントを見ると、他産業に比べてその排出量はとても少ないことがわかる。ブドウ樹は光合成で大気中の二酸化炭素をたくさん捕捉するし、発酵で大量に排出される二酸化炭素は、もとはブドウ樹が光合成によって吸収したもので新しく作ったものではない。これはカーボン・ニュートラル(炭素中立)である。

馬耕や人力の耕作で、無灌漑(あるいは畑の高低差を使って水を流すフラッド灌漑)で、しかも施肥には有機肥料を使う電力のない時代の農法なら温室効果ガスの排出はほとんどない。ところが、近年のブドウ栽培は耕作機械や収穫機械などを使っており、これを動かすためにガソリンや軽油が使われている。灌漑装置のポンプや給水パイプ、電力を使う剪定鋏などもある。そして施肥に使われる合成肥料を作る際にも温室効果ガスが排出されている。

一方、醸造所ではブドウと搾汁を酸化させないようにドライアイスを使ったり冷蔵設備を使ったり。ドライアイスは固体二酸化炭素だから気化すると大気中に放出される。醸造機器の動作、発酵の温度制御と冷蔵、熟成庫の温度制御などにも大量の電力を消費している。この電力の多くはいまだに化石燃料を消費してつくっている。発酵作業中の数日間に何か外部の都合で停電になろうものなら、その年のワイン製造を諦めなければならない可能性もある。それほど今日のワイン造りは電力頼みになっているから、このエネルギーの転換が必要だ。


水が足りない!干ばつで地下水脈が・・・

「チャリンコ通信Vol.8」でブドウ畑の生態系を整えるためのコノスルの取り組みを紹介したが、コノスルは温室効果ガス削減対策、再生可能エネルギーへの転換でも業界の一歩先を行っている。

過去20年、チリ中央部では新しいブドウ畑の開拓が急激に進んだが、その多くは沿岸山地の傾斜地を拓いたものだ。なぜここに目を付けたかと云うと、①寒流から吹き込む海風が冷たくて気候が涼しく保たれていること、②毎朝のように霧は立ち込めるが雨は冬に少し降るだけで夏は乾燥していること、③風化した砂礫に覆われた土地で痩せた土壌であること、などがその理由である。いずれも上質のブドウを作るための必須条件だ。

それなら、なぜチリ人はそんなブドウの理想郷にこれまで畑を拓かなかったのか。それはここには近くに河川がなくて乾燥した土地を潤すための水が得られなかったからだ。だから、チリのブドウ樹は専ら大きな河川のそばか南部の湿潤地に植えられたのだった。ところが21世紀を前にして、灌漑水を確保するための大掛かりなプロジェクトが始まった。遥か遠くの河川からパイプラインを渡して水を引いたり、深い井戸を掘って地下水を汲み上げたり。さらには電柱を立てて畑まで電線を引き込みポンプのための電力を供給した。こうして水のない荒蕪地に新しいブドウ畑ができ上った。コノスルのサン・アントニオの畑、カンポ・リンドもそうやってできたもので、井戸を掘り地中深くから水を汲み上げて灌漑に充てている。

ところが、長引く干ばつの影響でチリ中央部は慢性的な水不足に陥っている。カンポ・リンドも例に漏れず、ここにきて初めの井戸の地下水脈が干上がってしまった。より深い2本目を掘ったがそこからも十分な水が汲み上げられず、いまはさらに20メートル深い3本目の井戸に頼っている。だから、好むと好まざるとにかかわらず潅水の節約が求められている。

ソーラーパネルで水を節約!同時に化石燃料由来の電力使用を削減

そういう厳しい環境下で、化石燃料由来の電力使用削減という大命題が突きつけられた。コノスルの解決策は、点滴潅水の絶対量を削減するとともに、ソーラーパネルを設置して太陽光エネルギーをポンプとパイプの動力に充てることだった。井戸から汲み上げた地下水はいったん貯水池に溜める。これで地下水のむだ使いを省く。さらにその貯水池の水面上にソーラーパネルを浮かべて太陽光エネルギーを確保するのがコノスル自慢の仕組みだ。これで、貯水池の水面上に設置されたパネルは、太陽光を捕まえて電気に換えるだけでなく、貯水池の水分の蒸発を防ぐ役割も果たしてくれる。まさに一石二鳥である。


収穫を終えると翌年の収穫のための最後の水遣り。それが済むと地下水の汲み上げは翌春までお休み。貯水池に水は無くソーラーパネルも湖底にへばり付いている。


コロナ禍でワイナリーを訪ねることのできなかった今年、コノスルは醸造所でもエネルギー・システムの構造転換のための大きな一歩を踏み出した。醸造棟の屋上に太陽光パネルを設置(見出し画像)したのである。醸造所ではブドウの冷却や発酵タンクの温度管理、さらにはワインの移送や冷蔵などに大量の電力を消費している。この電力はすべて外部から購入していたので、その大方は化石燃料を使ったものだった。

屋上に取り付けた太陽光パネルは醸造所の電力使用量の20%程度を賄うことになるという。これを機にコノスルは醸造所でも再生可能エネルギーへの転換を推進する。なお、醸造所のあるサンタ・エリサ農園には、すでにたくさんの太陽光パネルが設置されていて、灌漑等の電力需要に充てており、ブドウ畑の再生可能エネルギーへの転換はとうに済んでいる。

この記事を書いた人

番匠 國男

ばんしょう くにお

番匠 國男

ワインライター。ワインとスピリッツの業界専門誌「WANDS」の元編集長。ワインと洋酒の取材歴37年。「日本ソムリエ協会教本」のチリとアルゼンチンの項を執筆。1993年のコノスル創業以来、ほぼ毎年、コノスルのブドウ畑と醸造所を訪問している。フットボール観戦が趣味。週末は柏レイソルの追っかけ。海外取材の際も時間が合えばスタジアムへ出かける。